半導体用語集
飛行時間型二次イオン質量分析法
英語表記:TOF-SIMS: Time-Of-Flight Secondary Ion Mass Spectrometry
真空中で固体の表面にイオンを照射し,スパッタリングによって発生した二次イオンを質量分析することにより,表面の元素組成情報をえる分析法を一般に二次イオン質量分析(SIMS)と呼ぶが,TOF-SIMSでは質量分析計として飛行時間型のものを用いる。SIMSにおいては照射する一次イオンの量の大小によって,特定の元素の深さ方向分布(デプスプロファイル)を高感度で求めることを目的としたダイナミックSIMSと,試料最表面の組成や化学構造に関する情報をえることを目的としたスタティックSIMS(この場合の一次イオン照射量の上限は10¹²~10¹³ions/cm²以下)に区分される。TOF-SIMSでは原理上,パルス化された一次イオンビームを使用するためその電流量はきわめて小さくなり,後者の目的に適した分析手法と位置づけられる。
装置は従来のSIMSと同様,一次イオン源,試料帯電を補償するための電子銃,測定室と二次イオン加速部,質最分析計,検出器,およびこれらの制御とデータ処理を行うコンピュータによって構成されている。一次イオンとしては数kVから20kV程度に加速されたGa⁺,Cs⁺,Ar⁺などが使用され(Ga⁺ビームはサブミクロン径まで収束可能で,徴小部の分析が可能),試料表面には1ns以下まで圧縮されたパルスが到達する。スパッタリングによって放出された二次イオンは,数kVのエネルギーをえてTOF型の質量分析計へと導かれるが,二次イオンのそれぞれは質量に応じた速度で分析計を通過することになるため,検出器へ到達するまでの時間(飛行時間)は質量の関数となる。したがって,この飛行時間の分布を精密に計測することにより二次イオンの質量スペクトルがえられる。質量分析計としては,三つの静電アナライザを組み合わせたタイプと,反射型(リフレクトロンまたはミラー型)のものが実用化されており,これにより二次イオン放出時に生じたエネルギーの広がりが補償され,質量の精度や分解能において高い水準(M/⊿Mは数1,000~10,000)が達成されている。また測定できる質量範囲が広いことや,1回のパルスで発生した全質量の二次イオンをロスなく同時に検出できることも感度の向上に結びついており,これらの特徴がスタティックSIMSにおけるTOFの優位性をより明確にしている。
TOF-SIMSが適用される材料はきわめて広範であるが.半導体材料の分野では表面汚染や極浅領域の不純物分析などへの応用が展開されている。図1はアンモニア過水(APM)洗浄とその後の希フッ酸(DHF)処理を行ったシリコンで観測されたTOF-SIMSスペクトル(正二次イオン)の m/z56付近のピークを示したものであるが,APM洗浄後の試料では⁵⁶Fe⁺やN(窒素)を含むイオン種が明瞭に識別,検出されている。TOF-SIMSによる検出下限は従来のSIMSと同様,元素によって大きく異なるがシリコン基板上でおおむね10⁸~10¹⁰
atom/cm²と,XPSやAESなどの他の表面分析手法とくらべると感度は数桁高い。高い表面感度と分子認識能力により有機汚染分析への試みも積極的に行われているが,TOF-SIMSでは脂肪酸,アミン類,SOx,NOxといった極性の高い化合物や,オイル成分など超高真空中でも蒸発しにくい凝縮系物質の検出が有利な点で,従来のGC/MSとは相補的な知見がえられる。
半導体分野におけるTOF-SIMSの新しい利用の仕方としては,低速一次イオンを用いた深さ方向分析がある。近年のULSI微細化に伴う極浅部の不純物プロファイルの分析要求に応えたものであるが,スパッタ専用に低速イオン(1kV以下のO₂⁺,Cs⁺,SF₅⁺など)の直流ビームを用いることでミキシングを低減し,二次イオンの分析には従来のパルスイオンが使用される。パルスイオンの照射量は非常に少ないため, ミキシングの効果は無視でき,10kV以上のGa⁺収束ビームによる微小部の分析や,高質量分解能の特徴を活かした測定も可能となる。
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