半導体用語集
ホットキャリア注入
英語表記:hot carrier implantation
LSIの集積度を上げるためにMOSトランジスタの寸法を小さくしようとすると、比例縮小則どおりに縮小できない素子パラメータもあって素子内部の電界は増加する。特に、ドレイン近傍のチャネル電界の増加が著しいのでチャネルを走行してきたキャリア(nチャネル素子では電子、pチャネル素子では正孔)がこの電界によって加速され高いエネルギーを持つようになる。このような状態を、みかけ上キャリアの温度が高くなった状態と等価とみなしてホットな状態と呼ぶ。また、ホットな状態にあるキャリアをホットキャリアと呼ぶ。ホットキャリアのキャリア温度は印加電圧条件もによるが、数1,000℃以上になることもある。このように高いエネルギーを持つに至ったホットキャリアは、シリコンとゲート絶縁膜であるシリコン酸化膜の界面に存在するエネルギー障壁(電子に対して3.2eV)を越えてシリコン酸化膜中に注入されるようになる。シリコン酸化膜中に注入されたホットキャリアはその大部分がゲート電極ヘと流れ込むがその一部はシリコン酸化膜中に捕獲(trap)されて正や負に帯電するようになる。このように、キャリアを捕獲して正や負に帯電するエネルギー準位を捕獲準位またはトラップ準位(単にトラップと呼ぶ場合もある)と呼んでいる。シリコン酸化膜中では電子トラップ、正孔トラップ、中性トラップの存在が知られている。ホットキャリアがシリコン酸化膜中に注入される時にはトラップだけではなく界面準位も発生する。トラップや界面準位に捕獲された電子や正孔は、電圧が印加されるとシリコン基板表面へと充放電されるが、一般的にトラップの充放電の時定数は長く、界面準位の充放電の時定数は短い。そのため、トラップは主にしきい値電圧の変化に、界面準位はしきい値電圧の変化と相互コンダクタンスの劣化に関係してくる。
MOSトランジスタにおけるホットキャリア注入には図1に示すように、チャネルホットキャリア(channel hot carrier)注入、ドレインアバランシェホットキャリア(drain avalanche hot carrier)注入および基板ホットキャリア注入(substrate hot carrier)がある。チャネルホットキャリア注入はチャネルがソースからドレインまで繋がっている線形領域動作で起こり、チャネルのキャリアがそのままゲート酸化膜中に注入される。一方、ドレインアバランシェホットキャリア注入はドレイン近傍にピンチオフ領域が形成される飽和領域動作で起こる。飽和領域ではドレインに印加した電圧の大部分が幅の狭いピンチオフ領域にかかるので、この部分の電界が非常に高くなり、この高い電界によってチャネルのキャリアが加速され衝突電離を引き起こす。この衝突電離によって発生した電子や正孔またはその両方がゲート酸化膜中に注入される。基板ホットキャリア注入ではチャネルと基板シリコンの間の空乏層に電圧を印加して空乏層内の電界によってキャリアを加速してゲート酸化膜中に注入する。このホットキャリア注入は不揮発性メモリなどで基板から浮遊ゲート(floating gate)にキャリアを注入する時に用いられる。したがって、通常のMOSトランジスタ動作では、チャネルホットキャリア注入とドレインアバランシェホットキャリア注入による素子特性の劣化が問題となる。素子特性の劣化はドレイン電圧の約1/2となるようなゲート電圧を印加した時に最大となる。このゲート電圧では、ドレイン近傍の衝突電離で発生した正孔 (nチャネルMOSトランジスタの場合)または電子(pチャネルMOSトランジスタの場合)による基板電流も最大となることから、ホットキャリア注入による素子特性の劣化はチャネルホットキャリア注入よりもドレインアバランシェホットキャリア注入の方が通常は大きい。ドレインアバランシェホットキャリア注入では衝突電離で発生した正孔と電子の両方がゲート酸化膜中に注入されるので素子特性の劣化がより顕著になる。実際、正孔注入の後電子注入を行うと界面準位の発生が加速されるという実験結果もある。
ホットキャリア注入により生じるゲート電流を測定すると、nチャネルMOSトランジスタではしきい値電圧に近い低いゲート電圧領域でドレイン近傍の衝突電離で発生したホットホールによるゲート電流の小さなピークがみられる。また、ドレイン電圧の1/2のゲート電圧のあたりで、衝突電離で発生したホットエレクトロンによるゲ ート電流のピークがみられる。このゲート電圧領域では衝突電離で発生したホットホールも注入されるが、衝突電離で発生したホットエレクトロンの注入の方が多いのでホットホールによるゲート電流は隠されてみえない。ゲート電圧をドレイン電圧以上に上げるとチャネルホットエレクトロンによるゲート電流の大きなピークが観測されるようになる。このように、衝突電離で発生したホットエレクトロンによるゲート電流はチャネルホットエレクトロンによるゲート電流よりも通常は小さいが、ゲート酸化膜中に注入される電子の数は衝突電離で発生したホットエレクトロンの方が多い。衝突電離で発生したホットエレクトロンはゲート酸化膜中に多く注入されるが、その一部はドレインヘと流れ込みゲート電流としては観測されない。このようなホットエレクトロンはゲート酸化膜・シリコン界面を2度横切ることになるので、より多くの界面準位を発生させる。ホットキャリア注入によるnチャネルMOSトランジスタ特性の劣化はこのようなゲート電流と対応づけて考えることができる。まず、しきい値電圧に近い低いゲート電圧領域では正孔トラップによるしきい値電圧の低下がみられる。しきい値電圧が低下するとドレイン電流は増加するが、このようなドレイン電流の増加は回路の動作タイミングを狂わせて誤動作を引き起こすので、電流が増加しても劣化とみなされる。この領域では界面準位の発生もみられる。ドレイン電圧の1/2のゲート電圧のあたりでは正孔と電子の同時注入により中性トラップと界面順位が発生する。その結果、しきい値電圧が増加し、相互コンダクタンスが減少するのでドレイン電流が滅少する。ドレイン電圧よりも高いゲート電圧領域では電子トラップと界面準位の発生によるしきい値電圧の増加と相互コンダクタンスの滅少、ドレイン電流の滅少がみられる。以上はnチャネルMOSトランジスタのホットキャリア注入の説明であるが、印加電圧の極性とキャリアの極性を逆にするとpチャネルMOSトランジタに対しても同じような議論がなりたつ。ただし、ホットキャリア注入による素子特性の劣化はnチャネルMOSトランジタにくらべて少ない。これは、正孔の衝突電離確率が電子よりも小さいことと、ゲート酸化膜・シリコン界面における正孔に対するエネルギー障壁が高いことによる。pチャネルMOSトランジタではドレイン近傍の衝突電離で発生したホットエレクトロンが素子特性の劣化に大きな影響を持っている。ホットエレクトロン注入が起こると、電子トラップが発生してしきい値電圧が正の方にシフトする。また、電子トラップによって実効チャネル長がみかけ上短くなったようになり、短チャネル効果が顕著にみえてくることもある。
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