半導体用語集
化学量論的組成
英語表記:stoichiometry
「化学量論」という言葉は,はじめJ.B.Richterにより「化学反応にあずかる物質の重量関係を調べる」という意味で使われたが,その後,化学的組成と物理的性質の関係を調べる物理化学的な分野をこのように呼ぶようになった。このような研究を通して多くの物質では,構成元素の原子数の比が比較的簡単な整数比となることが明らかにされた。そこで,このような整数比は,化学量論比あるいは化学量論的組成(ストイキオメトリ)と呼ばれる。たとえば,Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体のGaAsは,基本的にはGaとAsの化学量論比が1:1の化合物で,GaとAsの固溶体ではない。結晶学的にもGaとAsは,それぞれ面心立方の副格子を形成し,それらが組み合わされた閃亜鉛鉱型構造をとる化合物である。しかしGaAsのような化合物でも熱平衡状態では,有限の濃度の格子間原子,アンチサイト欠陥,空格子などの固有欠陥が存在し,現実の結晶では化学量論比からのずれがある。結晶作製の方法にも依存するが,たとえば分子線エピタキシー法で作製されたGaAsには,10⁻⁴(10¹⁸cm⁻³)程度の化学量論比からのずれがあるといわれている。
化学量論比からのずれにより導入される各種の固有欠陥は,電子・格子相互作用のため深い準位を形成する場合が多い。深い準位は,キャリアの電荷補償に寄与するばかりでなく,キャリアの捕獲中心や再結合中心として働き,応用上様々な利害を生じる。一般的には,固有欠陥は,デバイス特性を劣化させることが多く,化学量論的組成にできる限り近い結晶を作ることが望ましい。しかし,以下のような化学量論比の制御により導入される固有欠陥を積極的に利用しようとする試みもある。
HgCdTeなどの禁止帯幅の狭い半導体では,固有欠陥のエネルギー準位は,比較的浅く,ドナーやアクセプタとして作用するため,人為的に不純物を導入しなくても化学量論比を制御し,固有欠陥の種類と濃度を制御することにより,p型,n型の伝導型およびキャリア濃度の制御が可能である。また,As過剰の条件で作製したGaAs中には,EL2と呼ばれるアンチサイト欠陥が大量に導入され,フェルミ準位がこの欠陥にピン留めされる。この性質を利用して,半絶縁性基板の作製への応用が検討された。分子線エピタキシー法により通常の成長温度よりも遥かに低温の熱平衡からのずれの大きい条件で作製したGaAs結晶では,さらに大きく化学量論比からずれた結晶(10⁻²程度)が作製できる。このような結晶中では,過剰なAsの作る結晶欠陥のためキャリアの寿命は,100fs領域のきわめて短い値を示すため,全光学スイッチなどへの応用の観点から興味が持たれている。
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