半導体用語集

表面拡散

英語表記:surface migration

 表面の原子は,ポテンシャルエネルギーの最小位置(吸着位置)を中心に熱振動している。最小位置には,ポテンシャルエネルギーが広い範囲で最小の場合(最安定吸着位置)と,広い範囲では最小ではないが,狭い範囲で見れば安定位置の場合(準安定吸着位置)がある。温度が高くなると,熱振動の振幅が大きくなり(熱的な励起(thermal activation),すなわち,熱振動のエネルギーが高くなり,障壁を超えて隣の吸着位置へ飛び移る(ホッピングする)確率が大きくなる。この現象を表面拡散という。表面拡散は,直接はsurface diffusionと英訳されるが,拡散は,厳密には粒子(原子)に密度勾配が存在し,それが熱的に均一化される現象を表わすので,表面において比較的原子密度が小さい場合に,熱励起により吸着位置間をホッピングする場合には,表面を移動する(surface migration)といういい方が適当である。
 ある吸着位置から隣の吸着位置へホッピングする時に,超えなければならないエネルギー障壁を表面移動(拡散)の活性化エネルギーEDと呼ぶ。原子の熱振動の振動数ν₀は,原子が1秒間にエネルギー障壁にぶつかる回数であり,吸着ポテンシャルの形状や原子の質量により決まるが,10¹²~10¹⁵/s程度の値を示す。吸着原子が隣の吸着位置へホッピングする回数fは,ν₀exp(-ED/kT)に比例する。ここで,kはボルツマン定数(1.38×10⁻²³J/K),Tは絶対温度(室温は約300K)である。吸着原子のホッピング回数に,一度のホッピングで移動する距離と吸着位置の周りの等価な吸着位置の個数を乗せると,1秒当たりのホッピング距離Dになるが,実際には,ホッピングする方向はランダムで,行ったり来たりする(酔歩運動)ため,平均の移動距離は移動時間をt秒として(2Dt)^(1/2)(一次元拡散),または,(4Dt)^(1/2)(二次元拡散)となる。
 一般に,薄膜形成の素過程は,基板表面への構成原子(分子)の入射,基板表面と入射分子(原子)とのエネルギーの授受,入射分子の再脱離,または吸着,吸着分子の表面拡散,表面反応,核生成,薄膜成長などが関与している。ヒ化ガリウムGaAsの(001)表面を分子線エピタキシーMBEにより成長する場合にも,表面拡散は,特に,表面粗さを決めている主たる要因である。GaAs(001)表面にヒ素の分子線(As₄)が入射すると,最表面にガリウムが存在する場合にだけヒ素分子は吸着してガリウムと反応するが,ガリウムが存在しない場合には,短時間で再脱離して,表面の成長は起こらない。通常のMBE成長では,表面でヒ素が十分に存在する条件で行われるため,ガリウムが表面に入射すると表面で直ちにヒ素と反応する。ヒ素の分子線とガリウムの原子線をシャッタにより制御して,表面に交互に供給することにより,ガリウムの表面拡散距離を飛躍的に大きくして,表面粗さを改善する方法(MEE:Migration Enhanced Epitaxy)が開発されている。


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